【インタビュー】田中 奈都江 先生 1/2ページ目

音楽との出会いと幼少期の夢

田中奈都江
スタッフ:今日は、田中先生が最初にピアノを始められたところから、今に至るまでを、
順を追ってお聞かせいただきたく思っております。よろしくお願いします。
田中:分かりました、よろしくお願いします。

スタッフ:ピアノを始められたのは、おいくつのときですか?

田中:習い事としてピアノを始めたのは7歳のころです。
最初は3歳のころに、音楽教室のリトミックの3歳児クラスに通っていました。
その後、エレクトーンのグループレッスンを経て、小学2年生くらいからピアノを習い始めました。

スタッフ:音楽を始めたのは、ご家族の影響ですか?

田中:私の母が、小学校教諭の免許を取得するために、大学生のときにピアノを始めたのですが、
もう少し早い時期から習っておきたかったと言っていました。
そこで、自分の娘にはピアノを弾いてもらいたいという思いがあったようです。

スタッフ:なるほど。それでピアノを始めたということですね。

田中:家にピアノがあって、母が楽譜の読み方を教えてくれました。
兄と一緒に、「どっちが間違えずに弾けるか?」と遊んでいるうちに、もっと難しい曲を弾きたいと思うようになり、ピアノへの憧れが生まれました。

スタッフ:小さい頃に既に、田中先生の中にはっきりと希望がおありだったのですね。

田中:幼稚園の卒園式のとき、将来の夢を1人ずつ録音する機会があったんです。
私、そのときに「ピアノの先生になりたい」と言ったんですよ。はっきりとした意志がありましたね。

スタッフ:すごいですね!幼稚園のときの夢を叶えていらっしゃるんですね!

小さい頃の習い方

スタッフ:最初はバイエルなどを弾いていたのですか?

田中:バイエルも少し弾きましたが、気が付いたらもう曲を弾いていました。
初めての発表会で、ショパンの幻想即興曲を弾いたんです。

スタッフ:え!おいくつのときですか?

田中:3年生のときです。絶対もたもたしながら弾いていたと思いますよ。(笑)
ただ、先生は私が弾きたい曲に挑戦させてくださいました。
最初に音楽教室で基礎を学んでいたからかもしれないですね。

スタッフ:弾きたい曲を弾かせていただけると、楽しんでピアノに取り組めそうですね。
ただ、後になって、もう少しそれ以外もやっておいたら良かったなと思うことはありましたか?

田中:大学入学前にピアノの先生から、「ところどころ足りてないところがある」と言われて、駆け足で勉強した部分があります。
例えば、ウェーバーやメンデルスゾーンなどですね。
モーツァルトやベートーヴェン、また、リストやショパンなどの作品には積極的に取り組んでいたのですが、その周りの作曲家について、勉強が足りていなかったです。

スタッフ:なるほど。そういった作曲家って子どもの頃にはまだ馴染みがなかったり・・・。

田中:そうなんです。同じ理由でドビュッシーもその時期(大学入学前)に勉強しました。
コンクールでドビュッシーを弾いた経験はあったのですが、小さいときに弾いておくべき小品、例えば「ゴリーウォーグのケークウォーク」とか。
小さい頃できなかったので、その時期に、ドビュッシーの音楽について学びました。

スタッフ:好きな曲を弾かせてくださる先生や、課題をしっかり与えてくださる先生や、いろいろな先生がいらっしゃいますよね。

田中:そうですね。どういう先生からご指導いただくかによって、いろいろと違ってくるのではないでしょうか。

「音楽」をすること

スタッフ:先生はどういったタイプのご指導をされているのですか?

田中:初心者の方が自分で楽譜を読めるようになるまでは、しっかりと教えるのが大事だと思って実践しています。
でも、それだけに縛られてしまうとおもしろくないかも知れないし、そこは考えますね。

スタッフ:バランスの取り方ということですか?

田中:ええ、間違えずに弾けたからできた!って思ってしまうと、そこから何かは生まれないと、自分自身の経験からも思うんです。
自分で自由にピアノの音を作る感覚とか、いろんな音を鳴らそうっていう意識とか、そういったものを少しでも子どもたちが持ってくれるといいなと思います。

スタッフ:楽譜どおりに弾けるようになってから、音楽作りをしようという考え方も依然として根強いですよね。

田中:そうですね。その考え方でいくと、楽譜通りに弾けたらある意味合格なのかもしれません。
でも私は、それが「音楽」と言えるかというと疑問です。
小さいうちから「こんな音を鳴らしたい」と音楽に興味を持って取り組んでいれば、次第に音に対するいろいろな発想が生まれるようになると思います。

スタッフ:先生は初めから「音楽」をしていましたか?

田中:いえ、私は最初、間違えずに弾くことが良いことだと思っていました。

スタッフ:ということは、何かのきっかけで考え方が変わられたのですか?

田中:そうなんです。小学4年生のときに大きく変わりました。
生まれて初めてコンクールに出るということで、音楽的イメージを持って弾くことを当時の先生が教えてくださいました。
ただ「ドレミ」って弾くんじゃなくて、何か表現するということを知ったんです。
「ただ一生懸命弾くのは音楽ではないよ」ってはっきり言われたことも印象に残っています。

そのとき弾いたのはカスキという北欧の作曲家の『激流』という曲でした。
自分のピアノの音で川や海を表して、イメージして音にするということを知って、すごくおもしろかったです。
結果、そのコンクールでは銀賞をいただけて、大喜びしました。

小中学生の頃はピアノ=特技?

田中奈都江
スタッフ:コンクールが結構大きな出来事になってるんですね。
音楽の道に進むために熱心に勉強していらしたのですか?

田中:ピアノの先生になりたいという夢は漠然とあったものの、そのために最初から本格的に勉強していたわけではなかったし、ソルフェージュも楽典もしていませんでした。
ピアノを弾いて、親や先生、クラスの友達に褒めて貰えることが、只々嬉しかったです。

スタッフ:達から言われるのって嬉しいですよね。

田中:幼稚園や低学年の頃は外でみんなと遊んでいたのですが、成長するにつれ、1人で図書館に居る時間も増えていきました。
そうやって普段目立たない自分が、何か目立てる場、自分を出せる場っていうと、クラスの合唱コンクールでしたね。
「田中さんピアノ弾いて」って言われて1人で弾けると、すごく目立てたみたいな感じです。(笑)

スタッフ:その感覚とてもよく分かります。(笑)「特技」みたいな感じですよね。

田中:特技ですね。ピアノを弾くとき、一番自分を出せるなって思っていましたし、特技はピアノという自覚もありました。母も熱心に応援してくれていました。

ピアノの息抜きには

スタッフ:お母様は大学生のときにピアノをされていたということですが、田中先生へのご指導というのはずっと続いていたのですか?

田中:いえ、それは早い時期に終わりました。
ただ、その後は、練習しないとだめだよっていう雰囲気は出されたり、「練習しなさい」と言われましたね。

スタッフ:そうなんですね。言われる前にしていましたか?

田中:うーん(笑)、今となれば、練習の大事さは身を持って分かっていますが、
小さいときは親に言われて練習していましたね・・・。

スタッフ:毎日言われていたんですか?

田中:結構言われていましたね。
中高生になると個人レッスンで遠くの先生に、1時間~2時間かけて習いに行っていたんです。
それだけ応援してくれている親からすると「なんでこんなに力をかけているのに弾かないの?」という気持ちもあったと思います。

スタッフ:言われて嫌にならなかったですか?

田中:正直嫌にはなりました。弾きたくないなって思う時もありました。
学校の宿題でも「宿題やったの?」って聞かれるとやりたくなくなるのと似てるかなって思うんですけど。

スタッフ:そういうときはどうしてたんですか?

田中:気分転換として、好きな本を読んでいました。
こんなこと音楽院のHPに載ったら恥ずかしいんですけど、ピアノの横に本をおいて、嫌になったら本を読んで・・・っていうこともしましたね。(笑)
ただ、やっぱりこの曲仕上げなきゃいけないし、やろう!って自分を奮い立たせて頑張りました。

スタッフ:それっておいくつくらいのときですか?

田中:結構大きくなってからもですよ。中学生、高校生でもやってました。
「自分は弾けてない」と思って苦しくなると、本を読んで息抜きしていました。

専門的な、音楽の道へ!

スタッフ:音大への進学はいつ決めたのですか?

田中:高1のときです。
ある先生から「今の勉強の仕方で音大に合格するのは厳しい」と言われました。
それを受け、両親から一般大学に進学することを勧められたんです。
ただ、自分で考えると、やっぱり大好きなピアノを仕事にしたい!っていう気持ちを諦められなくて、勉強を始めました。

スタッフ:幼稚園に通っていた頃、先生に憧れていた気持ちを、持ち続けていらしたのでしょうか。

田中:先生への憧れは小さいときからずっとありましたね。
思春期は気持ちが沈んだり荒れたりしたこともあったのですが、ピアノを弾いたら癒されたり、気持ちが落ち着いたりして・・・。
ピアノを弾くことが、自分にとってきっといいんじゃないかなと思いました。

スタッフ:その意思をご家族に伝えて、理解していただけたんですね。

田中:正座して喋ったかもしれないです。(笑)

スタッフ:大阪音大を志望校に決めたのはなぜですか?

田中:先生に「学生がたくさんいる中で、いろいろなものを見たほうがいい」と言われて決めました。
図書館の規模が大きいことも魅力ですね。

スタッフ:高校生のときに急展開という感じなのですね?

田中:そうです。

お話していて気付いたこと

スタッフ:少し話題が逸れますが、お話を伺っていると、要所要所で先生ご自身のはっきりとした意志を感じます。
それって、先生の性格いうのか、他のことでもそうなんですか?

田中:頑固って言われます。(笑)
周りのいうことも聞いたほうがいいよって言われることもあります。

スタッフ:意志がしっかりあって、それを人に伝えられるって大切なことですよね。

田中:昔から、普段は黙っていて、どうしても伝えたいことだけは絶対言うというタイプでした。
小学校の通信簿に「普段おとなしいけれど、いざというときにはっきりお話されます。」って書かれていました。(笑) 

スタッフ:今もそういうところはありますか?

田中:教えるときのことで言うと、私の方が弾いている年数が長いので、子どもたちに対して言いたいことはたくさん出てきます。
でも全部は言わずに、ここは絶対言わないといけない、というところを話すようにしています。

スタッフ:自由に弾いてもらう部分と、「ここは言うと」いう部分を分けているんですね。