さくら夙川校音活ブログ

-僕の歌-

こんにちは。さくら(男)です。

音楽と酒とさくら。

立冬を過ぎました。

夏が過ぎ、またたくまに秋になってもう冬に向かおうとしています。

『夏が過ぎ風あざみ 誰のあこがれにさまよう・・・・・・』

とはいえ、今回は季節にはあまり関係のない『僕の歌』をお聞きください。

―赤とんぼの唄-

赤トンボ
秋の終わりぐらいになると、フォーククルセイダーズの『悲しくてやりきれない』や『あの素晴らしい愛をもう一度』という歌を思い出すことがあります。

『あの素晴らしい愛をもう一度』の2番目の歌詞は『赤とんぼの唄を歌った空は何にも変わってはいないけれど・・・・』で始まります。

『赤とんぼ』は三木 露風が作詞したことで有名ですが、三木 露風は兵庫県龍野市(現在はたつの市と表記するようです)の城下町の生まれです。

わたしの両親はそのはずれで生まれ育ちました。その後ふたりとも神戸に出てきて、私が生まれたようです。

―小鮒釣りしかの川-

田舎道
龍野市は駅でいえば山陽本線竜野駅と姫新線の本竜野駅がありますが、

城下町にあたるのは本竜野駅の周辺で一級河川である揖保川が町の中央を流れていて、ヒガシマル醤油とそうめん「揖保の糸」の産地です。

小学生の頃は夏休みには必ず田舎に行って、揖保川で泳いだり、小鮒ではなくカエルを釣ったり、クワガタ、とんぼやセミ取りをして1日中真っ黒になって遊んでいました。

ただ、その頃はもう揖保川では釣れた鮎がいなくなっていたようです。

前回ご紹介した宇野 重吉さんと寺尾 聡さん親子は映画『男はつらいよ 寅次郎 夕焼け小焼け』という映画で共演しており、この本竜野の小さな城下町が舞台になっていました。

そんな田舎にもう帰ることもなくなりましたが、思い出の中だけでも田舎があるのは貴重なことだとしみじみ思うことがあります。

わが子にこのような思い出がないのが悔やまれますが、孫にも同じことで残念です。

以上、爺さんのつぶやきで申し訳ありません。

―カレーライスの唄-

カレーライス
確か1970年代にフォーク歌手の遠藤 賢司さんの歌にカレーライスを唄った歌がありました。

『僕がいて猫がいて、君はジャガイモをとんとんと切って・・・』というような歌だったと思います。

フォークソングはベトナム戦争への反戦歌から出発したような印象がありましたが、この時期は個人の感情や情景を歌うことが多くなっていました。

ちなみに、女優の沢村 貞子さんによると昔(戦前?)、浅草に住んでいた人はカレーライスとは言わずライスカレーと呼んでいたとおっしゃっていました。

お酒を飲むようになってからは、ジャガイモがごろごろと入ったライスカレーは食べなくなり、ましてビールが飲めない店で食事することはなくなりました。

―カレーライスの唄(幻のサンボアカレー)-

高校生のころ、阪急西宮北口の今の東側の改札から地上に出てガーデンズに向かう途中に『サンボア』というライスカレー専門店がありました。

専門店といってもサンボアカレーというのが1種類だけで、サンボアカレーを卵で巻いたインベロ、インベロに薄い豚カツがのっているインベロかつ。

インベロにシュレッドチーズがのっているインベロフロマージュと季節商品でインベロの上に何種類かのスライスした野菜がのっている(名前忘れました)の5つのバリエーションだけでした。

でもこれが高校生には美味しくて2杯食べたことがありますが、さすがに最後はアップアップしてしまいました(少しでも残すと店のお母さんに怒られました)。

当時阪急野球場(今のガーデンズの辺り)で野球や競輪がある時は店のドアを閉め、我々学生とこの店に通ったOBしか店に入れないというちょっと変わったお店でした。

今思うにサンボアカレーはドライカレーと普通のカレーとの間のようなものかと思われますが、何ともサンボアのカレーが懐かしいです。

次回も少しだけライスカレーにまつわる話でもいいでしょうか?

いいとも!